現在の研究上の関心

「企業の理論(The theory of the firm)」と「戦略経営論(Strategic Management)」の学説研究に主に取り組んでおり、その方法論的な基礎として、カール・ポパーやルードウィッヒ・ヴォン・ハイエクの科学哲学を重視しています。したがって、こうしたテーマに関連する研究アプローチとして、コースやウィリアムソンの新制度派経済学にも強い関心を持っています。

1. 新しい「企業の理論(The theory of the firm)」の開発

     新制度派経済学とオーストリア学派経済学の相互補完性の追究


 新制度派経済学の嚆矢であり「ノーベル経済学賞」を受賞したロナルド・コース(Coase 1937)は「なぜ、企業は存在するのか」を問うことを通じて、企業の本質的把握に対して最初の理論的洞察を提供した。企業が存在する必然的な理由がない新古典派経済学の価格理論とは異なり、コースは企業が存在する理由を「価格メカニズムを利用するコスト」から説明した。これは後にウィリアムソン(Williamson 1975)によって総称された「取引コスト」である。

 市場経済では、常に「適切な価格を発見したり」、「条件を交渉したり」、「契約を執行させたり」するなどの一定のコストが存在する。もしも、このような取引のコストが禁止的に高ければ、市場は失敗するであろう。しかしながら、他方でその取引を経済主体に内部化することが市場取引よりも安価、つまり、より低い取引コストで実現できるのであれば、企業が生じることになる。したがって、「企業」と「市場取引」は、生産を調整するうえでアルタナティブな制度的形態と見なされる。新制度派経済学者は、これまで多くの制度的現象(企業の境界設定などの問題を含む)を取引コストの節約の結果として捉えてきた。

 一方で、この取引コストの理論フレームワークを拡大しながら、ラングロアとフォス(Langlois and Foss 1999)、フォスとクレイン(Foss and Klein 2004)、フォス、フォス、クレイン、クレイン(Foss, Foss, Klein and Klein 2005)、ラングロワ(Langlois 2005)、フォスと私(Foss and Ishikawa 2007)は、オーストリアン的企業家、とりわけ、ナイトの企業家論を企業の理論に結びつけながら、「なぜ、企業は存在するのか」について既存のものとは異なった説明を提案してきた。我々は、コースが見落としたある特定のコスト、すなわち、「非市場的な性格である企業家的判断」を実践するコストによって企業の存在を説明する(このコストは時折「動的取引コスト」とも呼ばれる[Langlois 1992, Langlois and Robertson 1995, Langlois and Foss 1998])。換言すれば、「資源の新しい活用における企業家的判断(知識)の市場」が欠如しているために、企業は生じるのである。

 かくして、「なぜ、企業が存在するのか」という問は、企業家の「市場実験的プロセス(Hayek 1948)」の反応として理解できるわけである。我々は、オーストリア学派経済学の視点から新しい「企業の理論」の開発に着手している。

 

 

2. 競争優位確保における企業家の役割について

     資源ベースの戦略論(RBV)における動的なパースペクティブの開発

 

 これまで、企業の「競争優位」の本質を「取引コスト経済学ならびに進化経済学における『ケーパビリティ』研究の領域」や、「シカゴ学派経済学ならびに戦略マネジメント論における『資源ベースの戦略論(RBV)』研究の領域」に求めてきた。したがって、 “企業の競争優位が、いかに形成され、どのようなプロセスで進化していくのか”、という点を明らかにすることに研究の焦点が当てられてきた。

 実のところ、この研究目的を達成するためには、さらにナイト(F. Knight)やカーズナー(I. Kirzner)等の企業家論の成果、ならびに類い希な知的洞察を「ケーパビリティ(Capabilities)」や「異質な資源(Heterogenuous Resource)」概念の解明に積極的に応用することが不可欠である。なぜなら、企業家の主観的なパーセプションが「ケーパビリティ」や「異質な資源」の形成に対する基礎を与え、同時にそれらの「進化」の原動力も企業家の主観的なパーセプションにあることが明らになるからである。

 本研究は、これまで吟味されてきた諸学説ならびに理論研究を改めて体系的に整理するとともに、競争優位の源泉である「ケーパビリティ」や「異質な資源」の形成プロセスにおいて、いかに企業家の「異質な判断(Heterogeneous Entrepreneourial Judgement)」が重要であるかを明らかにするものである。

 


3. 経営学における科学的方法論

     実証主義を超えた社会科学方法論の探求

 

 コールドウェルが強調したように、かつて主流であった実証主義の哲学者たちがもたらしたもっとも最大の貢献は、「普遍的で規定的な単一の科学の方法を探求することは『ドン・キホーテ的』な考えである」ということを皮肉にも自らが示したことである。しかし他方で、科学哲学の分野で見なされてきたような「自然科学」における「知識の成長プロセス」によって社会科学の知識の成長を評価することには、まだ尚多くの困難が伴うことも明らかになっている。つまり、こと複雑な現象を扱う社会科学において、「物理学で扱うような単純な法則発見の追求」は、決して科学的手続きの適切な品質保証にはならないということである。我々は、自然科学、とりわけ物理学の多くの成功を根拠にして、そこでの支配的な方法論をひとつの科学的方法の規範としてそのまま社会科学に適用するという「科学主義」に頼ることはできないのだ(Hayek 1955)。

 それでは社会科学において「科学的知識」とは一体どのように構成されるのか。我々はどのようにして複雑な社会現象にアプローチすることができるのか。実はこの問題に正面から取り組んできたのが、フリードリッヒ・ヴォン・ハイエク(Hayek)やルードヴィヒ・ヴォン・ミーゼス(Mises)などを代表とするオーストリア学派の経済学者達である。オーストリア学派のひとつの大きな特徴は、この学派が社会科学の対象理論を検討する方法論を発展させることに研究の焦点を当てていることにある。

 本研究では、さらにカール・ポパー(Popper)やイレム・ラカトシュ(Lakatos)の批判的合理主義の成果をオーストリア学派の理論的枠組みに摂取しながら既存の問題領域を掘り下げたいと考えている。